選挙とSNS

 最近の選挙での、SNSの影響について、考えてみた。
近いところでは、兵庫県知事選挙がある。周知のように、斎藤候補のSNSが選挙期間後半にバズって、終わってみれば斎藤候補の圧勝だった。投票率も前回より10%以上増えていた。

 斎藤候補の当選確実が出た直後から、「民意は斎藤候補にあった」的な報道がなされていた。果たしてそうだったのか? 仮にそうだとして、その民意とよばれるモノは有権者が正当な判断をくだした結果なのだろうか?

 まずSNSでの本人の発信は、当然ながら自分を肯定的に表現する。当たり前だ。客観的に 良いところも悪いところも示すなんてことはあり得ない。自分に都合のよい部分をひたすら主張する内容になる。だから見る方が そのことを理解して、いろいろな立場の発信を見ればよいのだが、果たしてそうなっていただろうか?

 当時のSNS(特にYouTube)では、斎藤候補を検索すると 当然のように斎藤候補についての動画が流れてくる。そしてその動画が終わり 続けてみていると 再び斎藤候補の動画が流れる。これをしばらく続けていると、斎藤候補に肯定的な動画が増えてくる。斎藤候補は県政を刷新しようとして、旧態依然とした者たちの反発にあい、失職した。そのような状況を一方的な見方で報道したメディアなどによって負のイメージがついた。しかし本当は 保守的で時代遅れな連中から 県民のためになる新しい県政を実現しようとしたんだ、的な内容の動画に収斂してくる。これを見ていた視聴者は あるひとつの結論を得て、投票に向かう。

 SNSのアルゴリズムが、SNSを主たる情報源にしている有権者の投票行動をかたちづくる典型になったのではないか、と推察できる。果たしてこれが いわゆる「民意」なのだろうか?

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