さて、前回の団地に続き昭和ロマンシリーズ第二弾となります。
今回はデパート。みなさんはデパートといえば何を想像しますか?私はよくアクセサリーや洋服、おいしいデパ地下のデザートを思い浮かべます。都会に行けば、そこでしか開催しないポップアップショップやイベントがあり、常に急速に変わり続けています。
それなら、私たちの知らない昭和のデパートはどんな雰囲気だったのでしょうか。
今回は昭和のデパートの魅力についてご紹介します♪
デパートの歴史
それまでは江戸時代から明治時代にかけて、衣服や日用品などを買う場所として、呉服店や専門店、商店街などが利用されていました。明治時代、日本では西洋の文化や商業の仕組みが取り入れられました。従来の呉服店も新しい販売方法を導入し、近代的な小売店へと変化していきます。
三越の前身である三井呉服店は、1900年(明治33年)に従来の座売りを廃止し、店内を商品陳列場に改めました。
当時の新聞記事をもとにした三越の公式年表によると、開場日には開店前から大勢の客が店先に詰めかけ、午前10時には来客が約8,500人に達したと記録されています。店内が混雑し、一時的に入店を断るほどだったそうです。


当時のデパートといえば…
デパートの創業からもう少し時が経った昭和の時代。私たちが知らないデパートの姿を見ていきましょう。
屋上遊園地

屋上には豆汽車、小さな観覧車、回転遊具、ゲームコーナーなどがありました。買い物のあとに遊べるため、デパートに行くこと自体が家族の一大イベントでした。
昭和30〜40年代には各地の百貨店で人気を集めました。
お母さんがお買い物に夢中になっている間にお父さんが子どもの遊園地に付き添うなんてことがあったりして。
最上階の大食堂

洋食、カレーライス、オムライス、パフェ、プリンなど、さまざまなメニューを楽しめました。子どもに人気のお子様ランチも、デパートの楽しみの一つです。オムライスに旗が刺さっているのが定番です。
このお子様ランチの発祥も日本橋三越本店です。
エレベーターガール

これは昔のデパートを語るに欠かせない人たちです。
お客様のに合わせ、手動でレバーやボタンを操作し、「次は3階、婦人服売場でございます」といった具合に案内します。丁寧な振る舞いや言葉遣いが求められ、デパートの印象を支えていました。各階にどんな商品があるのかも把握しており、お客様に尋ねられたらお耐えられるようにしていました。大変なお仕事ですが、当時からデパートの花形として人気があったようです。
今はもうないの?
現在、エレベーターはすべて自動で使用できるようになっているため、エレベーターガールは姿を消していきました。
しかし現役のところは今もあります。日本橋高島屋です。ここでは手動のエレベーターが活躍しています。
時代が進んでも主導のままなのには、百貨店建築として初めて重要文化財に指定されたことが大きいのだそうです。建物全体が重要文化財になっているため、この姿のまま、当時のまま今も使用しているのです。


まとめ
いかがでしたでしょうか。
昨今はネット通販サイトが発展し、デパートの売り上げが下がった影響でどんどん姿を消しています。
昭和のデパートは私たちが知っているショッピングをするだけの場所ではなく、夢を与える場所でした。
お買い物の中で家族と遊んだり、新しい流行を知り、自分を見つけるのです。
便利さが重視される現代だからこそ、そんな「わざわざ出かけたくなる場所」の価値を、改めて考えさせられます。
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