昭和ロマンの象徴 団地の暮らし

令和の時代に、平成ブーム、Y2Kブームとともに昭和レトロブームの波も到来しています。
みなさんは昭和といえば何を思い浮かべますか?ちゃぶ台、黒電話、駄菓子屋、たばこや、ラジオなどなど…挙げていくとキリがありません。
しかし今回は「団地」を紹介したいと思います。

昭和の団地ができた最大の理由は、戦後の日本で住宅が足りなくなり、急増する都市人口に対応する必要があったからです。第二次世界大戦により住む場所が失われた人々はまず住む場所を確保することに必死でした。そして1950年代以降、経済成長に伴って地方から東京・大阪などの都市へ働きに出る人が増加。工場や会社で働く人々のために、都市部やその郊外に大量の住宅が必要になり、団地の建設が進められたのです。

あこがれの暮らし

実は、当時の団地というものは人々にとって単に住むための住居ではありませんでした。
1966年(昭和41年)、東日本で募集された新規賃貸住宅は、6,564戸の募集に対して応募者が337,613人。平均倍率は51.4倍!簡単に入居できるものではなかったのです。

え!?団地なんて狭くて古いだけじゃん!なんで人気があるの?

と思ったそこのあなた!当時団地は当時の最新設備を備えた、近代的な暮らしの象徴でもあったんですよ。
例えば、これまでの暮らしと比べてこんなものがあります。

ダイニングキッチン

それまでのキッチンというと、こんな感じだったようです。

カラフルでかわいいダイニングキッチンですね。キッチンと食事をする場所が隔てられてないことが多かったようです。団地では工場生産されたステンレス製の流し台が採用され、清潔で使いやすい台所を実現しました。

各戸に設けられた浴室

銭湯に通うのが一般的だった時代、家の中にお風呂があることは大きな魅力でした。沸かすのは楽ではなかったものの、銭湯に頼っていた時代は毎日お風呂に入れなかったため、毎日お風呂に入れること自体が画期的だったのです。

白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫

当時「三種の神器」と呼ばれたものですが、団地での新生活を始めるときに買いそろえておく人が多く、団地の象徴にもなりました。

つまるところ、豊かでハイテクな理想の暮らしが団地に詰まっていたわけです。

今でもあこがれ

ここまで団地について紹介してきましたが…
でもそんな団地も今じゃ人気ないのかな、と思いきや、団地も時代に合わせリノベーションされています。
畳やふすま、古い建具などを生かしながら、現代的なインテリアに整えた住戸が注目されています。家賃も良心的な所が多く、若い世代でも住みたいという人が増えています。

https://news.mynavi.jp/article/20230126-2575087/?utm_source=chatgpt.com

おわりに

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
今は団地だけでなく、古民家などもリノベーションされ新しく生まれ変わっているところも多いですが、私としてはやっぱり昔のままの姿が好きです。できるなら家具やシステムも当時のままで…でもそれなら当時にタイムスリップしたい(-_-)。振り返っても戻ることのできない暮らしに魅力を感じます。

昭和館『団地の子供たち』

この記事を書いた人

好きな食べ物はチーズです。

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